yasutayanyan boy's baseball team since 1973
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意識改革の中でついに県大会出場!:「創立35周年記念会」まであと「1日」!
投稿者:
監督
投稿日:2008年 8月15日(金)07時13分13秒
チーム発足当時は、県大会出場と言う目標は、私の頭には全くありませんでした。目の前の試合に向かうことだけが精一杯で、県大会の県の字にも及びませんでした。
53・54年には、目標としていた年1回の唯一の大会がなくなり、54年に立ち上げた「チビッ子野球大会」は、広く県内にも目を向けようと62年には「県チビッ子野球選手権大会」も行い、今年で22回目になりました。チームとしては、唯一平成3年のチビッ子の県大会に出場したのが初めてで、ほとんど県大会とは無縁でした。この年には、八戸地区から代表チームが出場できず、青森市から優勝・準優勝の2チームが参加し、ヤンヤンは準優勝で県大会初出場となりました。
この初めてのチビッ子の県大会は、県内各地区が持ち回りで開催していましたが、この年は青森市が当番のため、青森で開催し、2面取れるグランドのB面のグランドでの試合でした。でも、県大会初勝利をあげることができたことは、チームにとっては画期的なことでした。以降、残念ながら部員の少なさに泣かされ、3年間勝利がなかったとか、ワースト記録など、チームが低迷する時期を迎えることになりました。
その後、私の中で県大会という意識は、平成12年秋のスポ少秋季大会初の準優勝から、少しずつ県を意識するようになりました。そして、平成15年の学童大会に向けては、春に初めて三沢市へ遠征試合に出かけるなど、意欲的に練習・試合に取り組んだものでした。学童大会では、順調に勝ち進み、あと1勝すれば県大会という準決勝へ進みました。準決勝は、この年全国大会に出場した新城中央に惜しくも敗れました。この時流した子供達の涙がやけに印象的で、今でも鮮明に蘇ってきます。
県大会への挑戦が訪れたのは、それから2年後の17年秋のスポ少大会で初優勝し、秋の学童大会に初出場することができたのです。この春の学童大会では、5年生主体のチームで、県大会にあと一歩の第3位で終わっただけに、その思いが秋の大会につながりました。私は、優勝した決勝より、準決勝の甲田戦に勝ち、県大会出場を決めた時が最高の喜びでした。天にも舞う気持ちで、応援に来てくれた妻に、「県大会出場だよ!」と自ら握手を求めましたものです。
ヤンヤン始まって以来、青森市スポ少大会初優勝し、学童県大会では1回戦に勝利し、ベスト8の成績を収め、この年はこれまでにない嬉しい1年となりました。その後、県大会はもちろんのこと、全国大会を本気で考えるようになり、子供達にもその意識を植え付け、厳しい練習に頑張ったものです。
18年には、青森市の学童大会・スポ少大会でアベック優勝し、学童県大会ベスト8、スポ少第3位の好成績を収めましたが、スポ少準決勝を棄権し学童大会2回戦では惜しくも1-2で負けたことは、チームにとっては大きなショックでした。なぜなら、本気で全国大会を目指し、練習を頑張ってきたからでした。この時、子供達が流した涙を見ながら、私は必死に涙をこらえながら「みんなよく頑張った。全国大会へは後輩たちに託そう」と、ねぎらいと期待の言葉をかけたのがついこの間のように思います。
19年の秋には、青森市スポ少優勝(2年ぶり2回目の優勝)・学童県大会ベスト8と、再び県大会・全国大会ヘの目標を目指すことができました。今年は「35周年」という節目の年でしたが、残念ながら青森市準決勝で2-3で惜しくも敗れ、その目標を果たすことができませんでした。
こうして17年から19年にかけて、3年連続で県大会に出場でき、今年も学童大会第3位を勝ち取ることができたのは、私自身の意識改革はもちろんのこと、子供達もそれなりに練習を頑張り、父母の皆さんにも協力していただき、監督・コーチ、子供達、父母の3者一体となったことが一番の理由です。言葉では簡単ですが、いざ実行するとなるとなかなか難しいものがありますが、これからも3者が一体となり、県大会・夢の全国大会出場を目標に、頑張っていきたいと思っています。
今週の11日から5日間にわたり、これまでの35年をテーマ別に良い思い出、苦い思い出などを思い出すままにつづり、ほんの一部分ですが、今となっては私自身の青春の1ページであり、すべてが私の人生の教訓となりました。今のこの年になっても、子供達に大きな声を出し、「声出せー!」と言っているのは以前と全く変わっていません。それだけに私にはまだエネルギーがあるということです。目標があるということです。この声をかける主役である子供達がいる、ヤンヤンというチームにいることが何よりです。35年経った今でも、八甲田山が見える、周りが田んぼ(今はちょっと違ってきていますが)のろう学校で練習できることが何よりです。
いつでもろう学校に足を運んでください。ヤンヤンはまだまだ頑張っていますよ。
明日8/16(土)17:00〜:アラスカで開催する「祝 安田ヤンヤン創立35周年記念会:県優良スポーツクラブ賞受賞、第2回東奥スポーツ功労賞受賞」がとても楽しみです。
明日、元気な顔で会いましょう! 「記念会」開催まであと「1日」!
夢のヤンヤンの本 「まぶしい瞳を明日に向けて」を発刊!:「創立35周年記念会」まであと「2日」!
投稿者:
監督
投稿日:2008年 8月14日(木)08時25分54秒
チームでは、節目の年にその都度チームの足跡を振り返り、さらに前進していくことで、記念会を開催してきました。3周年・5周年・7周年(それぞれ子供達を対象)、そして10周年の節目には約100名の参加者で「創立10周年記念会」を開催し、その後は、15・20・25・30・35周年(今年の8/16開催)と開催しています。
58年8月開催の「10周年記念会」では、私にとってはこれまでにない大きなイベントで、当日はチビッ子野球の関係者、私の知人、学校の先生、子供達、父母の皆さんに出席していただきました。10年という期間が30歳前の若い私にとっては、大きな大きな一大事業だったと思います。
この10周年の記念会で何をやればよいか、自分なりに考えたことが、チームの足跡を何かの形でまとめあげることでした。もっとも49年の発足当時から毎年の反省会にはその年の足跡をまとまた文集「前進」を発行していて、昨年の反省会の文集で「34号」になります。
私自身、子供達にしてあげれることは、子供達が頑張ってきた姿を活字としてまとめ、残してあげることだと今でも思っていますし、当時の10周年の際には、父母の皆さんの協力を得ながら、10周年の歩みの記念誌「まぶしい瞳を明日に向けて:10年の歩み」を発刊することができました。これは日頃のヤンヤンの活動、大会・試合の結果、自分が感じたことなど、約200Pにまとめたものでした。これは自分の青春みたいな、そんな思いで記念誌づくりに必死だったと思います。
自分が打ち込んだ、10年の歩みそのものが私の青春時代のような気がしています。記念会が無事終わってからふと考え、本として出版できなものかと思うようになりました。地域の小さな弱いチームですが、野球を通して子供達と接することで何かしら共有できるものがあるのではと一大決心して、個人として、自分で10年の歩みを本屋さんに並べることを考えました。
改めて表紙を作り、青森市教育長さんからの推薦の言葉をいただいて帯にし、ヤンヤン10周年の記念誌が新たなデビューをすることになりました。『まぶしい瞳を明日に向けて 「安田ヤンヤン少年野球チーム 10年の歩み」』の表紙、そして帯には『泣いた! 笑った! がんばった!!「どこの町にもありそうな安田ヤンヤン少年野球チームの10年間の道のりが 今 さわやかに 涙と感動をさそう 定価1,000円」』の言葉が明記されました。
自分の作った本が本屋さんに並べられるなんて、まるで夢のようなできごとでとてもワクワクしたものでした。発売日の10/1にいろいろな本屋さんを駆け回り、のぞきこみ、ある本屋さんでヤンヤンの子が真新しいヤンヤンの本を買っているところを見た時には、とてもうれしく思いましたのを今でも思い出します。
実際のところ、本は結果的にはかなり売れ残り、現実の厳しさを肌で感じました。残ったヤンヤンの本はそのほとんどを県内の小学校に寄贈しました。本の出版で多くのお金と労力がかかりましたが、若かった私にとってはとても貴重な経験となりました。寄贈した小学校の他には、青森県立図書館、青森市立図書館に寄贈し、今でも、「澤田・・・、安田ヤンヤン・・」で検索すると、『まぶしい瞳を明日に向けて』がちゃんと出てきます。とても嬉しいです。ぜひ皆さんも図書館で検索してみてください。
その後も、15周年・20周年と、自分の体に鞭打って「まぶしい瞳明日に向けて part2、part3」をつくりました。25周年は記念誌を簡単にまとめ、30周年は超頑張って「いつか ぼくも プロ野球選手に」の90Pの大作(自分として)をつくり、今回の35周年は60Pの記録誌としてまとめ、明後日の8/16の記念会で配布することにしています。
いずれにしても、子供達の頑張った足跡を活字として残してあげることが、私として唯一子供達にしてあげれることだと思っていますので、野球はもちろんですが、エネルギーがあるうちは作っていきたいと思っています。58年の本出版はまさに夢物語であり、今もってその経験が生かされているものと子供達と接しています。
今から、明後日8/16(土)開催の「創立35周年記念会」が待ち遠しいです。
みんなで盛り上げ、楽しい記念会にしましょう!! 記念会開催まであと「2日」です。
部員数の少なさに悩み、弱いヤンヤンの原因になりました:「創立35周年記念会」まであと「3日」!
投稿者:
監督
投稿日:2008年 8月13日(水)05時29分51秒
今日からお盆です。先祖を敬い、お墓参りをしましょうね。
チームが誕生した49年の年に、初めてユニフォームを着た時のメンバーは、わずか8人でした。まさに無謀な船出だったんでしょう。
その年8月の初めての大会(私の4年生の弟を中心にチーム編成)では、メンバーが足りず近所の子供を借りて試合にのぞみました。結果は無残な25-0の4回コールドの大敗で、試合途中に審判から「まだやりますか?」と言われたのが、その後のチームの進む険しい道程を暗示していた気がします。
49年のこの年の冬の反省会では10人程度の子供達がいましたが、翌年になると春休みの早朝に体力づくりでおはようマラソンを行いました。すると、1人、2人とやめ、ついには部員が2人となってしまいました。でも、年1回の8月の大会が近づくにつれ部員が増え出し、試合には参加出来たものの、また秋以降にはやめる子供が出てきて、2年目の反省会では、わずか4人となり、とても寂しい反省会となりました。
その後も4人時代の厳しい日々でしたが、この4人が頑張ってくれたおかげで、今のヤンヤンがあると、とても感謝しています。そのうちの1人がチームが誕生した時から頑張ってきた私の9つ違いの弟でした。(現在東京に住んでいますが、記念会には毎回参加していただいていて、とても嬉しく思っています)
以降、少なかった部員も増えはじめ、部員数に恵まれるようになりました。55年のチビッ子野球の初優勝以来、優勝には縁がなく、平成に入ると再び部員が少なくなり、一段と厳しい状況になりました。入ってはやめるこの繰り返しが、弱いヤンヤンの大きな原因となりました。常に試合をやれるかどうかの少ない部員数に悩まされ、野球をやる以前にどうしたら試合を成立させることができるか、そんなことだけを考える日々でした。
チーム誕生当時は、年1回の大会でわずか4回(4年間)しか参加できず、53・54年には予期しない青森市だけが大会中止となり、子供達にとって、チームにとってはとても気の毒な時でもありました。それだけに、いかに子供達に試合の機会を作るか、そのことは今でも決して頭から離れることはありません。そうしたチーム状況の中で、6年〜8年の3年間は部員数も少なく、練習試合は全くなく、3年間の公式試合の勝ち星もなく、本当につらい日々の連続でした。
ある時には、信頼していた父母から「こんなチームで子供に野球をやらせるわけにいかない」と、あっさり子供をやめさせられたこともありました。また、逆に少ない部員のため、3年生でも必然的に試合に出れる安心感を親が心配し、「果たしてそれでいいのか」との言葉に、私は「もう少し時間をいただきたい。子供達にそんな気持ちで野球をやることのないよう対応したい」という場面もありました。幸いにも、その子は6年生最後までヤンヤンを続けることができました。
部員の少なさはどうすることもできません。多くの部員の中でチーム内で競争しあう、そんなチーム状況を願っています。また、入部・継続等については、子供達を取り囲む父母のチームに対する考えかたが一番大切のように思います。
自分の年齢とともに、チームに対する父母の理解がないとチームは成り立たないと、強く感じるようになりました。父母の理解のもと、連携を取りながら、クラブチームとしてのメリットを打ち出し、多くの子供達と一緒に優勝と言う目標に向かって頑張っていきたいと思っています。
【週末の予定】
8/16(土) 7:30〜11:00 練習:ろう学校
17:00〜 祝「創立35周年記念会」:アラスカ
・第2回東奥スポーツ功労賞受賞
・県優良スポーツクラブ賞受賞
☆再会できるのを楽しみにしています!!
(チビッ子夏季本大会)
8/17(日) 11:15〜準決勝 港ファルコンズ:三内西小
14:00〜決勝
☆6年生最後の大会、記念会に花を添えましょう!!
感動的な優勝の瞬間:「創立35周年記念会」まであと 「5日」!
投稿者:
監督
投稿日:2008年 8月12日(火)06時16分51秒
野球に限らず何のスポーツも同じですが、やはり何と言ってもうれしいのが優勝することです。優勝した瞬間、これまでやってきてよかったなとつくづく思う時です。
最初の優勝は55年のチビッ子野球春季大会(第2回大会)での優勝で、チームが誕生してから7年目にして初めての優勝でした。表彰式では、賞状、優勝旗、トロフィーなど受け取る子供達の目がとても輝いていました。子供達の笑顔は最高です。
その後なかなか優勝には恵まれず、チビッ子大会では決勝には進むのですがあと一歩及ばず優勝はできませんでした。そして、ついに13年のチビッ子夏季大会で、何と”21年ぶり”2回目の優勝を成し遂げるのです。相手の手強いピッチャーに対して果敢に挑み、2-1で21年ぶりの優勝を果たすことができました。まさに歴史的な優勝でした。この時には、6年生といっしょに4年生の息子がショートで出場し、とてもうれしい日なりました。
また、2年前の18年には、学童大会・スポ少大会で優勝し、県大会へ出場し充実した年でしたが、前年秋・その年の春にはチームがベストの状態でなかったためチビッ子大会予選落ちした時でもありましたが、6年生最後の夏季大会では決勝戦の最終回 3点差をひっくり返し、見事逆転サヨナラ勝ちを勝ち取りました。まさにミラクルでした。
昨年秋のチビッ子大会では、スポ少秋季大会優勝の勢いを見せ、4回目の優勝を勝ち取りました。21年ぶりの優勝もとても格別でしたが、その時その時の優勝もとてうれしいものがあります。今年は県大会出場ができませんでしたが、ここ17年からは市内で毎年優勝し、県大会に出場しています。
毎年、子供達には優勝と言う感動を味わってもらいたいと思っています。54年に発足したチビッ子野球の歩みはまさにヤンヤンの歩みであり、試合の都度一喜一憂しながら、優勝という2文字を目標に頑張っています。「35周年記念会」の翌日8/17(日)は6年生最後のチビッ子夏季大会本大会です。優勝を目指し、記念会に花を添えたいですね。
何と言っても優勝はいいですね。それから・・、胴上げはホント宙に舞う感じです。
選手達、お疲れ様!
投稿者:
新人
投稿日:2008年 8月11日(月)12時20分55秒
昨日、8/10の筒井南小学校での試合、おめでとう!
エースの登板を見ましたが、やはりまだまだ完全復活とはいかないみたいですね(^_^;)
でも、エースが頑張ることでチーム全体が活気づき、そして見事な逆転勝利につながったことは言うまでもないでしょう。
あの瞬間は鳥肌がたつぐらい感動しました。
「ユニホームを脱ぐにはまだ早い!!」そう言っていた父兄の言葉、まさしくその通りですね!(^^
これからもヤンヤンの活躍を応援しています。
夏休みはあと10日ぐらいかな?
きちんと宿題もやらないと、ね(^_-)
8/16(土)開催の「チーム創立35周年記念会」まで、あと「5日」です!
投稿者:
監督
投稿日:2008年 8月11日(月)00時05分14秒
今週8/16(土)に「チーム創立35周年記念会」が開催されます。記念会開催まで、あと「5日」です。
現在、記念会開催に向けて記念誌「記録でみるヤンヤン35年」を作成中です。A4版両面刷りの58Pです。今回は、試合記録を中心にまとめています。35年のヤンヤンの歴史の中で、公式試合「423戦 198勝221敗4分」です(20年6月末現在 勝率0.468 練習試合含まず)。
この記録を見ることにより、その年のできごとが鮮明に蘇ってきます。同時に、いろいろなできごとがあったんだなと改めて興味深く(今になって)、またその時の楽しかったこと、苦しかったこと、さらにはその時の感動を思い出しています。
49年に発足した当時、大会中止、チビッ子野球発足、初優勝、9人すら集まらなかったチーム状況、負け続けた3年間、節目の記念会開催、息子と一緒のヤンヤン時代、初の市内大会での優勝、初の学童・スポ少の県大会出場、初の岩手県遠征試合、本気で目標に掲げた全国大会、チームの不協和音、初の福島県大会、東奥スポーツ功労賞をはじめとする各賞の受賞など、いろいろなできごとが走馬灯のように思い出されます(そう言えば、そんなこともあったなというできごともあります)。
その時その時の主役である子供達、父母、そしてその当時の自分が必ずいます。ヤンヤンと一緒に歩んできた自分、また成長してきた自分であったと思っています。記念会まであと「5日」です。
私自身、35年という長い期間ヤンヤンを頑張ってこれたのは、最後まで私についてきてくれた子供達がいたこと、応援してくれた父母のみんながいたこと、色々な形で私を指導してくれた方々がいたこと、そして何よりも忘れてはいけない私を理解してくれた家族がいたこと、すべてに感謝しています。
今週は自分にとって印象深いヤンヤンの当時の思い出にタイムスリップしてみたいと思っています。
チビッ子野球夏季最終予選:先発キャプテンで本大会に進出決定!
投稿者:
監督
投稿日:2008年 8月10日(日)17時11分27秒
「この縦じまのユニフォームは、これで最後なんだぞ!」「悔いのないようにやれ!」「次につなげるぞ!」と、打席に立つ子供達に大きな声をかけ続けました。
今日のチビッ子夏季最終予選:敗者復活戦 筒井南小クラブ戦は、初回に何でもないゴロの悪送球から簡単に2点を与えてしまいました。今日の先発は、2ヶ月ぶりに先発するキャプテンのY斗です。どんなにこの日を待ち望んでいたか。それだけに初回の攻撃も簡単に相手を苦しめることなく三者凡退、そしてその裏の守りではエラーからの2失点は、ベストでないY斗にとっては大きなプレッシャーとなりました。
何回かチャンスを作りましたが、後続が断たれ5回まで0街道です。さして速いボールでもないのに、凡打の繰り返しです。さらには、5回の裏には長打で1点を加点され、いっそう厳しくなりました。
毎回、打席に立つ子供達には、大きな声をかけるのですが、一向にその気持ちが伝わりません。いらだたしさだけが増してきます。6回の表にようやくそのチャンスがめぐってきました。四球・エラーと続き、二死になりながらもK太郎が2塁打を放ち、ようやく2点を返しました。さらに1点を加え同点とし、相手の返球したボールがランナーに当たり、思いがけずホームインし、逆転に成功しました。
これまでも、先発のY斗が辛抱した投球を続け、チャンスを作るのをじっと待っていました。逆転の大きな原因は、Y斗の必死に投げるその思いがつながりました。これまでY斗は、自分投げれないながらも、今週開催する「創立35周年記念会」を自分の力で、みんなの力でどうしたら成功できるか、常に考え続けていました。今日が、自分が先発できることで必死だったと思います。
Y斗をみんなで応援しました。特に、父母のみんなの応援が一生懸命でした。Y斗は1年の時に「創立30周年記念会」に参加し、その先輩の思いを知っている唯一の現役部員です。その意味では、Y斗が頑張れたのは、自分自身の努力も大きかったのですが、これまでのヤンヤンの先輩達が助けてくれたものと思っています。
最後は、相手打者を見事三振に仕留めました。「やったー!」と。学童大会で勝った時の気持ちとは、また一味違った感動です。みんなの思い、父母の思い、ヤンヤンの先輩達の思いが今日の1勝につながりました。(試合結果:○4-3)
チームのキャプテンがベストの状態でなかっただけに、この1勝は格別のものがありました。これで、8/16(土)の「創立35周年記念会」、そして、8/17(日)のチビッ子夏季本大会につながりました。悔いのないよう、またチーム35周年の節目のこの年に「全力プレー」で、ヤンヤンのやる気を発揮してほしいです。
「今日の勝利は格別です。勝てて本当に良かったです」
明日のチビッ子予選最終戦:絶対勝つ強い気持ちでのぞむ!
投稿者:
監督
投稿日:2008年 8月 9日(土)21時22分31秒
今日は午前中、ろう学校で練習しました。日差しが強く、気温が30度近く上がりましたが、日陰だととても涼しく感じられます。もう、秋の気配かな?と思います。
明日はチビッ子の最終予選:敗者復活戦 筒井南クラブとの対戦が控えています。この試合に勝たないと8/17の本大会に進めません。それだけに、6年生・チームの思いはとても強いものがあります。しかも、本大会前日は「創立35周年記念会」が開催されます。そのためにも、チームとしてはこれまで以上に力を発揮する必要があります。
今、世界のアスリートが中国の北京に集い、オリンピックが開催されていますが、気持ち的には参加者すべてが金メダルをとると言う強い気持ちでオリンピックにのぞんでいます。私が一番、金メダルを絶対とるというその強い思い・気持ちでオリンピックにのぞんでいます。明日の試合でも、そんな絶対勝つという強い気持ちでのぞんでほしいと思います。
ヤンヤンに入ってからのヤンヤン時代、ヤンヤンの集大成、その気持ちを明日の試合に発揮しましょう。そして、ヤンヤンで頑張った、良かったと言えるそんな一日であってほしいと思います。
【明日の日程】
8/10(日) 10:00〜チビッ子野球予選 筒井南クラブ:筒井南小
〃 13:30〜新人戦 練習試合 浪岡南 :浪岡南小
「創立35周年記念会」を成功させよう:そのためには、本大会に勝ち進む!!
投稿者:
監督
投稿日:2008年 8月 8日(金)06時30分46秒
いよいよ待ちに待った北京オリンピックが始まります。世界のアスリートが集まった北京では、どんな感動のドラマが展開されるかとても楽しみです。みんなで応援しましょう。
7月が過ぎ、8月に入ると一段と日が暮れるのが一日一日と早くなります。それもそのはず、昨日8/7の立秋を過ぎました。青森も盛り上がったねぶた、花火大会が終わりました。まさに秋への突入です。(まだまだ暑いですが)
今、目の前の大会は、チビッ子野球夏季大会の予選:敗者復活戦(対 筒井南クラブ戦)です。大会の運営上、ブロック優勝チームがそれぞれ本大会に進出、そして第2位の代表チームはブロック2位と1回戦敗退チーム同士の勝者とそれぞれ対戦、これが敗者復活戦というわけです。春はすんなりブロック優勝でしたが、今夏はブロック決勝で負けましたので、敗者復活戦で勝ち抜かないと8/17(日)開催の本大会に進むことができません。
昨年春には、同様に敗者復活戦で、しかも今回対戦するチームは同じ筒井南クラブと対戦しました。お互い6年生最後の大会になりますので負けられません。何としても勝ちぬくことです。また、キャプテンは十分な体調でないのがちょっと気がかりですが、津軽学童選抜野球大会で見せた粘りのある全員野球ができれば、この場面を乗り切りことは十分できます。
チーム35年の先輩達の思いを受け、持てる力を120%発揮すれば、その役目を果たせるものと思っています。「創立35周年記念会」を成功させよう。そのためにも、本大会に勝ち進み、悔いのない試合を実行していきましょう!!
6年生の大会はまだまだあります:目標を持って頑張りましょう!
投稿者:
監督
投稿日:2008年 8月 7日(木)00時36分36秒
6年生にとって、参加できる試合が残り少なくなってきました。
昨日の津軽学童選抜野球大会を終え、週末はチビッ子野球春季大会敗者復活戦を残しています。8/17(日)の夏季大会本大会に進むためには、敗者復活戦に勝つことが条件です。お互い全力でぶつかるはずです。気持ちで負けないよう頑張ってほしいものです。本大会前日には「チーム創立35周年記念会」がありますので、なおさら負けられません。
実質市内の大会は終了となりますが、まだまだ6年生がやれる大会はあります。あおもりカップの残り2試合があります。この2試合で勝ち抜くと、確定ではありませんが、10月の決勝トーナメントにつながります。
また、今年で3回目となる岩手県金ヶ崎町交流会もあります。昨日夜に3月以来電話を入れてみると、「今年もやります。近くに案内出します。」とのことです。金ヶ崎町の太陽の子チームは、今週山形市で開催される東北大会に出るとのことです。岩手県の知っているチームが活躍しているのを聞いて改めてうれしく思います。10月の交流会がとても楽しみです。
さらに10月には昨年参加したスポルトカップがあります。今年どういう形でやるのかわかりまんせんが、昨年同様 ヤンヤンに参加の案内があればと期待しています。
6年生はまだまだあります。これからの中学校野球に向けても、常に一つの目標を持ってやってほしいです。あと残り少ないですが、ヤンヤンというチームに入って良かった、やって良かったと言えるヤンヤン時代を過ごしてほしいです。自分自身のすべきことはもちろんですが、これから何よりすべきことは5年生以下の後輩たちに声をかけてやり、持っている技術を教えてやることです。これからの後輩たちをしっかり応援してやりましょう!
【週末の予定】
8/ 9(土) 8:00〜12:30 練習:ろう学校
10(日)10:00〜チビッ子敗者復活戦 筒井南:筒井南小グランド
☆8/16(土) 17:00〜『創立35周年記念会』:アラスカ会館
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